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焼けただれる肌と、私の小さな、愛しい夢。

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    こんばんは

    前回アップした、「無情の朝、希望の朝」
    の閲覧数といいね!の数が大変なことになり、
    びっくり感謝感激の森崎です


    夢を追いかけて、一生懸命生きている方のなんと多いことか。

    大変な思いをして、それでも顔晴っていこう!と、
    前へ進んでいこうとする人々のなんと多いことか。


    みな、同じような気持ちを抱えて、顔晴っている!

    一人じゃない!

    と、とても嬉しく、勇気と温かい気持ちを戴けた瞬間でした。

    本当に、ありがとうございます。

    心から、感謝です。

    ハート雲


    今日は、私の夢について、書こうと思います。

    この世界に入ったきっかけと、今の私の夢について。


    とても個人的で、とりとめのない、長い長い文章になるでしょうが…

    よかったら、ご覧くださいね




    私が、この仕事をすることになったきっかけは。

    私自身が、子供のころからカラダが弱かったことが関係しています。



    私自身が、子供のころからアレルギー体質で、

    肌がとても弱くて、

    カラダも弱くて、

    おまけにココロまで弱くて。



    小さいころから肌が弱くて、

    じんましん、ただれ、水ぶくれ、カブレ、痒み…

    いつも何かしらの症状に悩まされていました。




    それでも、なんとか表面上の美しさを保っていた肌が、

    22歳の時に、一気に悪化して。

    全身が焼けただれたような皮膚になって、外に出られなくなったのが直接のきっかけでした。



    あまりにも酷い肌の状態。

    すぐにでも病院へ行って、治療を受けなければならないような状態。

    けれども、薬は使いたくありませんでした。



    ステロイドが怖いとか、抗生物質を使いたくないとか、

    そんな理由もありはしたけれど、

    病院に行かない理由は、それだけではありませんでした。



    正確に言えば。

    病院に行かなかったのではなく、「行けなかった」のです。



    私は、子供のころから、薬物アレルギーもあり、

    使える薬は、人より少なめです。

    昔、医師に、分厚い薬辞典を見せられて、

    「君が使えない薬は、これくらいはある。覚えてくんだよ」と、

    3センチくらいの厚さのページを、医師が指でつまんで私に見せました。

    強い薬を使う前には、テストが必要と言われました。

    どの薬が大丈夫で、どの薬が合わないか、なんて。

    はっきり言って、一つ一つの薬を試して確かめるなんてこと、

    出来るわけがありません。



    どんだけ時間かけて、どんだけお金かければ確かめられるの?

    そんなの、無理に決まってる。

    薬で辛い思いをしたことは少なくありませんでした…

    …だから、病院には、行きませんでした。



    そして、もう一つ。

    その時、病院に行かなかった理由があります。



    それは。。。

    これはあまり、大声で言えることではないのですが。。。



    実は、22歳の時に、一気に肌が悪化した直接のきっかけも、

    「薬」だったのです。。。



    その当時、私には、19歳の時からお付き合いしている彼がいました。

    大好きな彼と、年一回旅行に行くのが、私の一番の楽しみでした。

    彼は、私が小さいころからカラダが弱いことや、ココロの状態が不安定なことを、

    とても良く理解してくれていました。

    そして、いつもとても、優しかった。

    大好きで、大好きで仕方がない彼との、年一回の一泊旅行。

    その旅行のために、私は、当時なけなしのバイトのお給料(月8万円ナリ)から、

    500円玉貯金をして。

    旅行の資金を一生懸命に貯めていました。



    ところが。


    その年は、旅行の日程と、「女の子の日」が、重なってしまったのです。



    私は小学4年生で初めて初潮を迎えてから、

    女の子の日、いわゆる生理が、とても重かったのです。

    生理になると、まず、吐きます。

    そして、ものすごい生理痛に、下痢が止まらなくなりました。

    お腹が痛くて、動けなくなってしまうのです。



    大好きな彼との一泊旅行に、生理が重なったら、

    旅行どころではありません。

    だから。

    私は、初めて、婦人科というものに行きました。



    婦人科の先生に、生理の日にちを、ずらしてもらえるように、お願いしました。

    先生は、すぐに、お薬をくれました。


    自分に合わない薬かもしれない、なんて。

    分ってはいたけれど、その時は、大好きな彼と旅行に行くことしか考えませんでした。

    不安を見ないようにして、薬を飲みました。

    生理は、旅行の1週間ほど前にやってきて、いつものように終わり…

    私は彼と旅行に行くことが出来ました。



    ところが。


    旅行の一日目から、両腕の関節の内側が赤くなって、痒くなってきました。

    それはどんどん広がって、腫れ上がり…

    熱くて、ズクズクとした痒みが強くなって、腕に心臓があるようでした。


    素敵なホテルでのイタリアンのディナーの味は、

    よく覚えていません。

    あまりにも痒くて、ウェイターさんに熱いおしぼりを貰って、

    ずっと腕に当てていなければなりませんでした。


    深夜には、首の後ろ、目のふち、口のまわりが赤くなり、

    ズクズクしだしました。

    真っ赤で、分厚い皮膚になり、腫れ上がって、

    おへその周りにも広がってきました。

    残念ながら、大好きな彼との素敵な夜…というわけにはいかず、

    彼はずっと、不安で辛くて、痒くてイライラして、

    泣いてばかりいる私のカラダを気遣ってくれていました。



    翌日は横浜中華街へ出かけましたが、

    嬉しさと楽しさよりも、

    痒みと辛さと、彼への申し訳なさでいっぱいの気持ちと、

    言うことを聞いてくれないカラダを抱え、

    福井に帰ることになりました。



    その日の夜に、

    一気に症状が広がりました。


    かろうじて正常な状態を保っている皮膚は、

    背中と、乳房、下肢だけ。

    他の皮膚は、全て腫れ上がり、掻いた場所からリンパ液が流れ、

    乾燥した皮膚は真っ黒になって鱗のように落ちました。

    一番ひどかったのは、顔…

    ソファーや椅子、布団はリンパ液と落ちた皮膚にまみれて、

    体毛も、落ちてしまいました。

    酷い臭いでした。



    彼に会いたくはありませんでした。

    そんな状態になったカラダを、私を、見せたくなんかありません。

    けれど、家族が家にいない私は、外に出られなくなったら、ご飯も食べられません。

    彼は、仕事が終わった後、勤め先のスーパーで買ったご飯を片手に私の家にやってきて、

    私を食べさせ、

    可哀想にと、抱いて寝てくれました。

    今の私があるのは、彼の優しさのお蔭です。

    26歳の時にその彼と結婚して、色々あって別れてしまったけれど、

    彼の優しさだけは、ずっと心に残っています。

    本当に、心から、感謝しています。



    酷くなった私の体を、回復してくれたのは、父でした。

    父は、医者ではないけれど、体質改善の美容を研究する人でした。

    当時、美容の普及に全国を飛び回っていた父は、

    私の状態を聞いて、出張先から戻り、

    父独自のハンドマッサージとスキンケアで、私の肌の手入れをしてくれました。


    父のハンドマッサージは、安らぎと安心感を与えてくれました。

    父の手は、本当に温かく、優しく、

    「次か次の生理がくれば、落ち着くから。」といって、

    私を慰め、励ましてくれました。



    出張に戻る父に、「私も出張に付いていく!」と泣いて我儘を言ったこともありました。

    痒くて眠れなくて、9月の暑い日に、父の部屋やベランダ、台所で寝ていた私は、

    どうしても父に付いていきたかったんだと思います。

    もちろん、連れて行ってはもらえなかったけれど(笑)


    父がいない間は、父の美容を取り入れていたサロンの先生にたまに手入れをして頂き、

    普段の生活やメンタル面は、彼が支えてくれていました。



    そんな生活が1か月、2か月も過ぎたころ。

    ある日、いつもより遅れていた生理がやってきて、

    私の肌は、一旦、とても白く落ち着きました。

    父の言っていたことは、本当でした。


    生理が終わってしばらくすると、また肌は荒れてきたけれど、

    次の生理が来ると、また一旦収まって、

    生理の回数を重ねるごとに、肌の状態は少しずつ良くなってきました。


    そして。


    あんなに酷かった生理痛や、吐き気は、無くなっていました。

    一週間に1回しか出なかったお通じも、毎日行くようになりました。

    子供のころから34度〜35度台だった体温は、36.8度になりました。



    あまりにも体温が低すぎて、子供の頃は予防接種もまともに受けられなかったのに。

    今も私の体温は、36.8度前後あります。

    薬は、なんとなく嫌でめったに飲まないけれど。

    けれど、飲まなければならない機会がぐっと減って、

    今は風邪のひきかけに葛根湯くらいしか飲まなくなりました。



    体質改善されたのです。


    父がいつも言っていた、

    「皮膚は排泄器官」だ。

    「皮膚は内臓の鏡」だ。

    「皮膚は人体最大の臓器であり、保護器官」だ。

    は、本当でした。


    私の体の中の、弱い部分、

    体温も代謝も悪くて、溜まりにたまっていた良くないものが、

    薬の副作用であった皮膚の悪化をきっかけに、

    一気に皮膚から排泄されたのでしょう。


    今思えば、ものすごくハードな体質改善だったけれど、

    結果的に、私のカラダは急激に良くなり、楽になり、

    父の開発したスキンケアで手入れを怠らないようになって、

    私の皮膚はとても丈夫になり、

    酷かったタダレの痕は、キレイに回復しました。

    今は、一番ひどかった、おへそ周りのカブレを掻きすぎて、

    ほんの少しだけ色素が抜けてしまった痕が、うっすらと残る程度です。



    それから、

    私は父の美容を受け継ぎました。



    父の美容を行っていたサロンに、アルバイトから入店し、

    その後、オーナーとの共同経営を経て2年後に独立し、

    nagomiを、オープンしました。



    徹底した体質改善エステティックを極めるための、

    体質改善による、肌トラブル改善の専門店、研究店として、

    nagomiを創業しました。



    ステロイド性皮膚炎、アレルギー体質。

    重症のニキビ、アトピー性皮膚炎、喘息。

    まずは重症の方を助けることを最優先にする店。


    治すことはできなくても、

    体質を変えて、美しい肌を取り戻すことは、出来る。


    スタッフの数が少なかったので、

    重症の肌トラブルの方の予約を受けきれないときには、

    シミやシワなどの一般的?なトラブルの方の予約の変更をお願いして、

    重症の方の為に空けていただきました。


    徹底して、重症肌トラブルの肌を、体質改善で変えることだけを、

    考えていました。


    そのうち、父が開発したスキンケア商品だけでは、機能性が足りなくなりました。

    nagomiのお客様にご協力していただいて、

    イチからスキンケア商品を開発し、

    肌トラブル、年齢肌など、あらゆるスキントラブルに対応できるラインナップを考え、

    自宅でも手入れが行えるスキンケア材料を作りました。


    オールハンド技術は、結果がついていかなくなるたびに手直しし、

    常にお客様に触れながら現場で開発しました。

    デトックス・リンパと名付けたオールハンド技術は、

    体質改善による肌改善のための、オールハンド・エステティック技術です。

    とても難しいし、体力の必要な技術だけど、そんなこと言っていられません。

    やるしかないのです(笑)



    そして、気が付いたら、ホメオスタジアが出来ていました。



    22歳の時に、ひどいリバウンドをしてから、

    16年目。

    あっという間でした。



    きっかけは、彼と旅行に行きたくて、

    生理をずらす薬を飲んで、自分の肌がひどくなったこと。

    ただ、それだけでした。



    ただ、それだけだったのに。



    今の、私の夢は、

    肌トラブルやアレルギー体質に悩む人々が、

    カラダの中から美しく生まれ変わって、

    明るく豊かな人生を歩ける世の中にすること。


    かつての私のような、

    カラダも肌もココロも弱くて、

    とても辛い気持ちを抱えている女性のために。


    いろんなものを、

    女性としての幸せを、

    諦めないで済むような。

    幸せな女性の笑顔を、いっぱいいっぱい…

    夢


    その先で、私の本当の夢が叶う。

    小さな、小さな、愛しい、私の夢。

    私の夢は、大きな夢、明確な目標の向こうにある!



    夢は遠く、果てしないけれど。

    きっと出来る。

    必ず、叶うと信じて。



    明日も、笑顔と笑声で、顔晴っていこう!